出会い(feeling book より)2 [イラスト]

つぎの例えば。
恋人が欲しいと願ったとき、今恋人がいる私は「欲しい」と素直に想っている私。
色々な条件や好みがあったとしても、
出来るであろう恋人との楽しい時間をより多く、強く実感している可能性が高い私。
またはそうしていこうと意志がある私。
想い、願いは叶っているよね。
一方で、
恋人が欲しいと願ったとき、今恋人がいない私は「欲しい」と表層的に想いつつも、
次の瞬間「フラレたら傷つくし...上手に会話が出来ないかも...自分に自信がない....」
「つき合い始めは楽しいかも知れないけど、
続いていくと色々問題が起きて対処出来るか不安だなぁ...大変だなぁ、
今は1人が楽かもしれないなぁ...」
と恋人が出来たら不都合な自分(と自分で勝手に決めつけている)に直面するのが
心底嫌だと無意識で実感している私。
だから自然と、恋に直接出会わないようにしている私がいる。
しっかりと自分の本当の想いは叶えている。
それでも本当の想いに気付かない、気付こうとしない私は
「どこかにいい人いないかなぁ〜、何で出会えないのかなぁ〜...あ〜ぁ寂しい人生...
神様は私の願いを叶えてくれないのかな?」とぼやく...。
ときに悪態をついたりもする。
「神様はケチだし、そもそも存在しないんだよっ」って。
それでも神様はいつの日か穏やかに優しく伝えてくれる。
「いつ何時もあなたの想いの全てを叶えているよ、安心しなさい」って。
そしてここで大切な事は、
私が持つ常識を駆使してこれらをいい悪い、優劣という判断で終わらせない事だと思います。
自分の本当の想いに気付かないと常識に囚われ、お金が無い自分は存在価値がないとか、
恋人がいない私は、人より劣っている存在なんだと自分で自分を判断してしまうと思います。
何かが足りないから、劣っていてダメな自分。
何かが出来ないから、劣っていてダメな自分。
そんな自分はひっそりと、誰にも愛されず生きていくしか無いんだ。
私は違うと思います。
一億円を稼げるから優秀な自分で、千円札ばっかりの自分がダメでもなく、
大好きな恋人がいるから素敵な自分で、いないならダメな自分と言うわけではなく、
いい悪いや優劣のない、出来る出来ないでもない、
ただそうしたい、そうしたくない、こうなりたい、こうなりたくないという
全ての自分の想いが叶っているという事でしかないと私は思っています。
罪悪感、自己肯定、否定、自己尊重、卑下も含んだ全ての自分の想い、実感が叶う世界、
自分で創っている素敵な世界なんだと感じるのです。
3へつづく
タグ:feeling book









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novo
by novo (2011-12-26 17:07)